今月のメッセージ

      
 
 

活きる(令和元年10月) 
− 『 こっちの自分 あっちの自分、 そして、もう一つの自分』 −


自分の性格や好き嫌いは、変えることは できないでしょうか? それは、無理!という方も、一度、内観 してみましょう。 自分の性格や好き嫌いはいつごろできま したか? 生まれる前から、遺伝子によって性格も 好き嫌いも決定されたのでしょうか? 遺伝子による体質や体型は別として、そ うでないことは、明白ですね。 それでは、性格や好き嫌いはいつ頃でき たのでしょうか? それは生まれてから、ものごころが明確に なるまでの乳児・幼児の期間に、家族・家 庭環境によってインプットされていったも のと考えられます。 高所恐怖症も、幼児期に高いところから 落下した恐怖心が定着したもので、嫌い なものは、小さいころ、親の嫌いなもの、 おいしくない状態のものを食べて、深層 意識にインプットされてしまったのでは ないかと思われます。 まず、それらの結果が今の自分であると 認識します。(こっちの自分) そして、新たな価値観を今、自分にイン プットし、今まで否定していたものを受 け入れた自分を想像します。(あっちの自分) 自分という器は、どちらが大きいでしょうか? そして、大切なことは、そういった考え 方ができて、こっちの自分をあっちの自 分にシフトしてみようという、もう一つ の自分を見出すことです。 人間力とは、その「もう一つの自分」に 力をつけていきていく力です。 逆に、できる自分と、できない自分の中 から、できない自分を受け入れる「もう 一つの自分」も大切です。 そういった心の教育が、今、問われてい ます。  

コムサロン21 人間塾生 前川裕司

活きる(令和元年9月) 
− 『リハビリを考える』 −


ここ数か月、「 リハビリ 」とは何かを改 めて考えています。リハビリ=リハビリテー ションというと、病院で行われている機能訓 練、リハビリ機器、バリアフリーという光景 を思い浮かべると思います。しかし、人間は 何のために物を持ったり、歩いたりするのか。 それは、箸を持って食事をする、トイレに 行く、買い物、料理をする、趣味や仕事を するという目的があるからです。単に訓練 をさす言葉ではなく、目的を持ち可能な限 り元の社会生活を取り戻すことです。 リハビリテーション(Rehabilitation)を 語源から見てみると、ラテン語の「rehabilitare」となっており、『 再び(re)人間ら しい状態にする(habilitare) 』 というの が本来の意味のようです。リハビリテーショ ンは、re(再び、戻す)と habilis(適した、 相応しい)からなり、単なる機能回復ではな く、「人間らしく生きる権利の回復」や「自 分らしく生きること」の視点が大切です。 その為に行われる全ての活動がリハビリであ ると思われます。 私共のデイサービスにおいてリハビリとは何 かをよく聞かれ、冒頭に記述したようなイメ ージを話されることがよくあります。バリア フリーでなくバリアアリー(一部)であるこ と、五感から脳に刺激することを現在のプロ グラムから少し整理したいと思います。 アロマケア・タクティールケアからは嗅覚・ 触覚、ビジョントレーニングから視覚・聴覚、 コーヒー療法(自家焙煎珈琲をミルで挽く) から嗅覚・聴覚・触覚・味覚、宝物ファイル から視覚(可視化)、音楽療法から聴覚・触 覚、芝生でのアーシングから触覚からのアプ ローチがあげられます。 さらに、人との関わりには五感が重要であり、 それらを通じてコミュニケーション、コミュ ニティが創られます。そこにはそれぞれの目 的があり、全ての活動が自分らしく生きるこ とに繋がることが 「リ・ハビリ」だと考えら れます。      

人間塾々生  安田 賢三

活きる(令和元年8月) 
− 『いい加減を生きる』 −


「いいかげん」という言葉には少し悪い イメージがあります。いいかげんな返事、 という表現をすることが最近は多いよう な気がしますが、「適度」という意味も あります。 以前私は製造業で設計の仕事をしていた ことがあります。設計の仕事というのは 高い完成度を求められます。高性能で、 不具合が少なく、組み立てやすく、安く 作れる機械。もちろんどこかに限界はあ るのですが、ひとつクリアすれば、さら に一段高いレベルが求められます。 そんな生活を続けていると、ついついど こかに完璧なものやゴールがあるかのよ うな気持ちになってしまうのですが、現 実にはそんなものはありません。 それをわからずに無理を続けて完璧を目 指していると、体や心が悲鳴を上げるこ とになります。 かといって真面目に課題に向き合わず、 ちゃらんぽらんに過ごしたり、他人のせ いにしてばかりでは進歩はありません。 真面目過ぎず、でたらめ過ぎない、どこ かに「いい加減」な領域があるのではな いでしょうか。 「いい加減」は人それぞれです。100人 いれば100通りの「いい加減」があるは ずです。年齢によっても変化してきます。 今の自分の「いい加減」がどのあたりに あるのか、無理しすぎていないか、手を 抜きすぎていないか、そんなことを考え ながら毎日を過ごしています。         

人間塾生  中安 学

活きる(令和元年7月) 
− 『車と命』 −


 今や自動車は身の回りに溢れ過ぎ、自動 車の購入も運転免許取得も容易にできる 時代です。 交通事故も当然のごとく大量に増えてい ます。先般起きた園児たちの列に車が突 っ込み2歳の園児が2人も亡くなるとい う傷ましい事故に大変心を痛めました。 又ご高齢の運転手がアクセルとブレーキ を踏み違えて事故を起こすケースもこん なにもかと思うほど、頻繁にニュースで 流れています。便利さや産業の発展の点を 考えれば、自動車のない時代は考えること ができませんが、一瞬にして車が人を殺 す道具と化してしまうことを、認識を持 って運転している人は、私も含め少ない のではないでしょうか。自動車事故によ り、自分自身、友人、愛する人が一生の 障害を負ったと考えるとどうでしょうか ?死亡したと考えるとどうでしょうか? 怖いのは被害者になる場合だけではなく、 反対に自分が、誰かを殺してしまったこ とを考えると、重傷を負わせてしまった ことを考えると、そして自分の愛する人 が、誰かを殺してしまったことを考える と、むしろこちらの方がとても恐ろしい ことではないでしょうか。誰にでも起こ りうることだからしょうがない、という 理由で車による事故などは起訴猶予にな ることも多いですが、そんなことが罷り 通ってよいのでしょうか。 運転免許を取得して、自動車を運転し始 めた人は常に「殺人」の危険を認識しな がら運転をしなければいけないと思うの です。身の回りの誰かが殺されたら、あ なたが、あなたの愛する人が誰かを殺し てしまったら・・・そう考えると、うっ かり運転は本当に出来ないはずです。 車は便利な道具であると同時に、運転を 誤れば、人の命を奪ってしまう凶器と化 します。ハンドルを握る前に、人の命の 尊さを感じ運転席に座ることを、常に心 掛けていきたいと実感しております。      

人間塾塾生 前川育子 

活きる(令和元年6月) 
− 『 令和をいきる』 −


 日本人にとって新しい時代「令和」がスタ ートしました。みなさんはどう感じておら れるでしょうか?私にとっては、同世代が 天皇陛下に即位され、同年齢が皇嗣殿下に なられた現実にようやく実感がわいて来て います。 これまでは、50歳を過ぎて子供たちも成 人し、いよいよ次代へのバトンタッチの準 備を始めようと思っておりましたが、陛下 がこれより御活躍なされるお姿を拝し、私 も頑張らねば!との決意に満ちております。 そこで、私はこの1ヶ月間、これから先の 時代がどう変化していくのだろうかと想像 してみました。 平成元年に社会人になりこの30年間を振 り返ると、バブル好景気そして崩壊からの デフレ不況、東西冷戦終結そして中国の台 頭、国家間戦争から宗教対立によるテロリ ズム、コンピューターの登場からネット社 会へと変貌した情報化による産業革命、国 際協力による宇宙ステーション運用、未曾 有の災害発生そこからの復興、少子高齢化 へ向かう時代への不安。実は激動の時代だ ったのを感じています。 これらより想像できるこれからの時代は、 どうなるのでしょうか? 東京オリンピック・大阪万博開催より再び 好景気が到来するのか?東南アジア・アフ リカ諸国の台頭により中国を含む大国経済 はどうなるのか?国家間格差の解消は戦争 やテロリズムを抑制することが出来るのか ?ネット社会の行き着く先は人工知能(AI) による再びの産業革命か?IPS細胞をはじ めとする医療革命は?等々考えてみれば高 齢になる不安もありますが、未来を想像し てみると「わくわく」して来ませんか。 私は小さい頃、「鉄腕アトム」「どらえも ん」を見て、未来の姿に「わくわく」して いました。 この歳になってもう一度「わくわく」して いる自分に少し嬉しくもあり、来るべき未 来を是非見てみたいとの思いが強くなって います。 さあ皆さん、共に「わくわく」して、未来 の世界をこの目で一緒に見ませんか?      

人間塾塾生 川崎 太郎

活きる(令和元年5月) 
− 『 令和をいきる』 −


 「いきる」という言葉を漢字で表すと、 「生きる」「活きる」と表現する場合が多 いと思います。「生きる」は、ずばり「生 存する」という意味や、また「生活する」 という意味で使われます。そして「活きる」 は、「本来の力を発揮する」という意味で 使われることが多いようです。 人は毎日「生き」ながら「活き」ていく のが理想ですが、「生きる」ことは出来 ても「活き」る毎日を送っている人は、 そんなに多くないのかもしれません。 本来の力を発揮するということはなかな か難しいことですが、決して無理をする ということではない。無理をしないで自 分のポテンシャルを最大限に発揮する、 それは自分自身が己の能力や得意・不得 意、また自分のメンタルの動き方につい てわかっていることが必要です。自分を 正しく知るとは、良い部分だけでなく自 分の嫌な部分やずるい部分なども知ると いうことになります。 「活きる」ことはそういう自分まるごと を自分自身が愛せるかどうかが大事なの かもしれません。 令和という新しい時代が来ます。それぞ れの花を大きく咲かせるという意味がこ もった令和という元号を「生きて」「活 きる」これからの私たち。それは自分自 身の精一杯を決して人と比べない、自分 なりの力を発揮しながら一人ひとりが SMAP の「世界に一つだけの花」のよ うに誇りを持って咲く。令和が平和と繁 栄で希望に満ちた時代になるために何が できるかも「生きて」「活きる」毎日か ら始まると思います。   

人間塾塾生 うのはつみ

活きる(平成31年4月) 
− 『 人間は「意志」を持った 「道具」である』 −


 自分という道具(心と身体)にどのような 「意思」を持たせ、その「道具」をどのよ うに活かすかによって自分の人生が決まる。 この世のすべてのものは、自然が作ったも のである。 人間も自然の創造物である以上、人間が作っ たものも自然の創造物なのである。 それでは、他の動物とどう違うのか? 他の動物は、長い年月をかけて進化するの だけれど、人間は、あっという間に、脳内 で想像し、そして、意思と手と足を使って 創造してしまう。 創造する力をもった自然の無二の生物なの だろう。 しかし、その生物である人間も、いったい 宇宙から見ると、どのような存在なのであ ろうか? 青い地球には、海と陸しか見えない。陸に 生息している目に見えない微生物ともいえ る。その微生物が、何かの科学変化を起こ して、宇宙船や宇宙ロケットなどを創出し ている様は、さぞ、滑稽であり不可思議な 現象とも思える。 そんな大宇宙の原理の中で、自分という命 は、実々として存在する。そして、いつか、 命が地球に還るまで、一生懸命、創造しな がら生きてゆく宿命にあるのだろう。 「生きがいとは、どうなるかではなく、ど う生きているか」が、大切である! 自分という意思と道具をどう活かしている か、考えてみませんか?      
NPO法人 コムサロン21 理事長 前川裕司

活きる(平成31年3月) 
− 『 コミュニティの創造から 』 −


 普段から何気なく使っているコミュニティ (community)、コミュニケーション(communication) の間には共通点があります。 ラテン語でcommune(共有財産、共同体) やcommunis(共有)で、ポイントは”共有” となるのではないでしょうか。 社会が人々と共有する場は共同体で、それを コミュニティと呼び、情報を相手と共有し伝 えることを、コミュニケーションと言います。 そして、コミュニケーションは、ラテン語の ”コムニカチオ”に由来し、「分かち合うこ と」を意味し、重要なのは、伝えるのではな く、共有することと言われます。  また、ドラッカーは、「思想、意見、情報 を伝達しあい、心を通じ合わせるプロセス」 「コミュニケーションを成立させるのは受け 手である。コミュニケーションの内容を発す る者ではない。彼は発するだけである。聞く 者がいなければコミュニケーションは成立し ない。」と述べており、そこからもコミュニ テイの在り方についても考えられます。  既述したように、コミュニケーションとコ ミュニティは同等、対等であると同時に、コ ミュニケーションを形にするにはコミュニテ イが支え、また逆もしかりです。  コミュニティを形成するには、3つの要素 である1.共感 2.受容 3.関心 が必要だと言わ れます。 1.共感は、人が集まるその根本部分は共感で きるビジョン想い、空気、エネルギーです。 2.受容は、「ここにいてもいいんだ」という 安心できる居場所、居心地です。 3.関心は、お互いに関心、興味を持ち、その 中で自分のできることで貢献しあえることです。  最後に、コミュニティを発展させるには、 3つの要素に加え、”遊ぶのが上手なコミュ ニティ”という捉え方も必要です。 遊ぶとは、そこにある空気、氣の流れを感じ、 無邪気な子供のようにエネルギーを解放して いくことかもしれません。 大切なことは目に見えないように、共有、分 かち合い、3つの要素、遊ぶというワードを 考えながら、まちの縁側、地域の居場所とい うものを創造していきたいと思います。  

人間塾性  安田 賢三 

活きる(平成31年2月) 
− 『 失敗できる人 』 −


「私、失敗しないので」という決め台詞が 話題になったドラマがありました。あれは あれで見ていて痛快でしたが、実際にはそ んなことありえません。 もし家族の主治医がそのようなことを言った ら、私ならその医師を信用しないでしょう。 実際には人生一度も大きな失敗をしないこ となどありえません。誰にでも何かしらう まくいかなかった経験があるはずです。 成功の裏にはふつう、とても多くの失敗が あります。人生には失敗はつきものだと考 えたほうが、少し気が楽になるかもしれま せん。避けようもないことを無理に避けよ うとすると、何をするにも臆病になって、 身動きがとれなくなってしまいます。 チャレンジしなければ、失敗のリスクを減 らせますが、そのためその失敗の先にある、 楽しいことまであきらめてしまうのは、と てももったいないことです。 大切なのは失敗しないことではなく、失敗 した後どうするかです。 また、失敗を異常に恐れるひとは、すべて を完璧にしなければいけない、完璧にでき ないと恥ずかしいと思い込んでいることも 多いようです。 しかし、完璧な人生もなければ、完璧な人 間もいません。失敗することは、決して恥 ずかしいことではありません。恥ずかしい のは、異常なまでに失敗を恐れて何も行動 できないでいることではないでしょうか。 行動しようかどうか迷ったときには、まず 一歩を踏み出せるようにしたいものです。         

人間塾生  中安 学

活きる(平成31年1月) 
− 『 変わるものと変わらないもの 』 −


新年明けましておめでとうございます。 本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。   IT、ICT、Iot、ビッグデータなどの言葉 を目にする機会が大変増えました。人と 人、人とモノ、モノとモノがインターネ ットで繋がり、生活がどんどん変わって います。日進月歩の技術革新は大歓迎で す。小学校では2020年よりプログラミ ングの基礎知識を備えた子どもが育ちま す。変化の激しい時代、遅れを取らない ように、上手に付き合っていきたいと思 います。 一方で、人と人とのコミュニケーション はいつの時代も変わりません。 私は、ホワイトボード・ミーティング でファシリテーション技術を学んでいま す。この基本的な考え方に、「心の体力」 という話があります。 「私たちの体に体力があるように、私た ちの心にも体力のようなものがあります。 心の体力が温かいと、私たちは自分の力 を発揮して生きていきやすいです。困難 を伴うようなことであっても、心がポカ ポカと温かければ、やってみようと意欲 的になりやすいです。」 変わっていくものと変わらないもの。 ファシリテーションを通じて良好なコミュ ニケーションを育むスキルを身に付け、 人やモノが持っている本来の力や能力が 発揮されるよう、貢献していきたいと思 います。 ※「 」は「ホワイトボード・ミーティ  ング ベーシック検定試験公式テキスト」  (株式会社ひとまち)より引用       
人間塾塾生 谷口 慎一郎

 

 
 

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