今月のメッセージ

      
 
 

活きる(平成28年12月) 
− 『 成功の実現 』 −


 こういう実際経験を私が持っていればこそ、観念要素の更改ということをいちばん先に重大な方法の一つとして、 諸君に教えてるんだろう。 だから、きょう以後、どんな場合でも、 現在思っていること、考えていること が、よい影響を自分の生命に与えてくれるか、あるいは恐るべき重大な影響 を人生に与えるか、ということを考えなさいよ。そうすりゃ、もう少し人間 らしい考え方になるよ。きょうの話を 聞いて、すっかりわかったろう。 心というものは、万物をつくる宇宙根本 主体の無限の力を自分の生命に通ずるパイプと同様なものだということが。 心の思い方、考え方というものは、これまた金物をつくるときの鋳型と同じ なんだ。流し込まれた鉄の鋳型のとお りで、溶かされたものは、ほかの形じ ゃできあがらないだろう。だから、ほんとうに幸福な人生を生きたいと思っ たら、何よりも忘れてならない必要な人生の心がけは、自分の命に対する自己認証を高度にすることだよ。自分の生命に与えられた力は一切の生物を凌 駕して強い力を持っている、いわば力の結晶と同様のものだという考え方が断固として自分の心のものにならんかぎりは、風邪ひとつひいても、長引かし、わずかな出来ごとにも心は、まるで木の葉が大海原の大きな波に弄ばれると同じになるぞ。
「大いなる我が命の力 その10」

抜粋:要約
人間塾  玉田 光久

活きる(平成28年11月) 
− 『 成功の実現 』 −


 その時、もしも私がこういう真理を知らなかったら、こら大変だよ。癌じゃ 助からねぇ。おまけに世界的に有名な名医の言うことだ。こら即刻入院して切るだけ切っちまおう。切ったとした らどうなるか。死なないとしても、声をだすことができなかったろう。しかし、ありがたいかな、私は自己認証の程度を高くもってましたから、何いってやんでえ、ガンであろうが、トンビであろうが、人間死ぬときは死ぬんだ。 生きてるかぎりこの生命は自分で守るんだ。この医師が即刻入院、即刻手術 したって助からんと言ってるじゃねぇ か。「自分には確信はありませんけども、医師としてうっちゃっておくこ とはできないから、手術しましょう」 と。そんな手術なら、もう何の頼りにもならないんだから、俺はこんなものあてにする必要はない。俺の体は大自然がつくったんだ。生きていく必要があったから生かしておいてくれるだろう。俺はとにかく俺の力を信じてる。 今日ただいま、こうやって生きていられるんだもん。医者から言われたから って、急に死んじまうんじゃないはずだ。そうした気持ち、つまり私の心の態度が、きょうあなた方に聞かせたような偉大な現象を私の肉体に働きかけた証拠には、それから三十五年声を出すこの尊いお仕事をつづけられている。癌でも三十五年生きてたら結構なものじゃねえか。私の心の態度のとおりに宇宙エネルギーが働き出してくれて、いわゆる自然能動性の作用のおかげだ。
「大いなる我が命の力 その9」

抜粋:要約
人間塾  玉田 光久

活きる(平成28年10月) 
− 『 成功の実現 』 −


 病になったら医者にかかるもよし。医者にかかった以上は医者にまかせなさ い。医者にまかせているはずで医者にかかっていながら、医者よりもよけいに病のことを心配している患者がいやしないか。そんなのは医者にとってはいちばん困るんだよ、心ある医者は。 欲張りの銭儲けの好きな医者は、そう いうのがいいよ。急に死にそうもなくて、しょっちゅうくよくよ、半年薬を 飲めば治るやつが一年飲んでくれるしさ。一年で治る病を三年もかかってくれるし、お医者としては銀行預金が増 えてまことに結構な患者なんだ。けど、 お互いがね、この世の中に医者の預金を増やすために来たのでもなければ、 売薬屋の株を多く配当せしめるために 来たんじゃないんだぜ。わかったかい。 病になったらば、病をむしろ忘れるぐらいの気持ちになりなさい。 病になろうと、不運になろうと、心の態度は崩さないことだよ。どうせ人間、 生まれた以上は死ぬときがくれば死ぬんだもん。いくら嫌だって言ったって駄目だよ、これは。嫌なら生まれてこなければよかったんだ。今からちょうど34、5年前(注:昭和5年ごろ)、私、 のどに癌ができたと言われちゃった。 いろんな科学的な実験して、正真正銘これは癌だと。それも日本で一、二を争う耳鼻咽喉科の大家が言ったんだぜ。
「大いなる我が命の力 その8」

抜粋:要約
人間塾  玉田 光

活きる(平成28年9月) 
− 『 成功の実現 』 −


  自分の心を積極的にしてみなさい。論よ り証拠の事実がそれを証明するから。 現在病の人は、病からその心を放しち ゃってごらん。病のときに病を一生懸 命、お店大事に考えてないと治らない ように思ったら大違いだぜ。船に乗っ ても、もう波がでやしないか、嵐にな りやしないかしらん、それとも、この 船が沈没しやしないかしらんと船のこ とばかり考えてたら、船旅の愉快さは 何にもなかろうじゃないか。人生もま たしかりだよ。ああなりやしないか、 こうなりやしないか、滑ってやしまい か、転んでやしまいかと心配してたん じゃ、人間、いっときといえども安心 の刹那はないじゃないか。「船に乗っ たら船頭まかせ。病になったら医者まか せ」って昔のことばがあるじゃないか。 だから、病になったら、いいかい、こう いうことを悟んなさいよ。治る病ならう っちゃらかしておいても治るんだ。治 らない病でもお医者にかかれば治るで しょうって思ってる。お医者にかかっ ても治らない病は治らないんだ。そり ゃあ、医者はけっして自分を侮辱され たとは思いませんよ。そうだ、と思い ますよ、医者は。その治らない病はいっ ぺんにしかないんだよ。二度も三度も四 度もありやしないよ。そうしたら、二 度も三度も死ななきゃならないじゃな いか。寿命がつきたときの病は、どん な医者がきたって治りゃしない。しか し、それまでは、そのたびに死にはし ないんだから、安心しなさい。
「大いなる我が命の力 その7」

抜粋:要約
人間塾  玉田 光久

活きる(平成28年8月) 
− 『 成功の実現 』 −


  それが人間の正しい心である証拠には、そうした心で生きてごらん。そうすれば、もう健康も運命も、どんどん良き状態になってくるんじゃないか。反対に、心を消極的にすればするほど、健康も悪くなれば運命 も悪くなるという事実が、あなた方に心のもち方を教えているにもかかわらず、そしてまた、そういうことがわかってる場合にでも、さっきも言ったとおり、柄のないところへ柄をつけて、「それはまあ理屈はそ うかもしれないけれども、これが悲しまずにいられるか。これが怒らずにいられるか。 これが心配せずにいられるか」と弁護して いる。つまり自分自身の気持ちを自分自身でそういうふうにしておいて、いくら弁護しても、裁判所じゃないんだから、弁護の状態が上手だからといって、宇宙真理の方で「はあ、実にどうも弁論の脚色が十分で きているから、お前は無罪にしてやる」と は言わないよ。何べんもくどいようだけれども、健康を悪くするのも運命を悪くするのも、結局、もとは自分にあるんだぜ。天に向かって唾したのが面にかかってきたんだよ。自分より優れた人や、自分より出世 したり成功したり、丈夫な人を見ると、そ ういう人は特別な生まれつきだ、と思うところに非常に大きな間違いがある。生まれ つき天才のように見える人間だって、いいかい、やりっぱなしにしておけば成長する につれて凡人になっちまう。凡人といえどもりっぱな修業をつんでいけば、こらもう驚くべき秀でた人間になる。それを多くの人は、あれは生まれつきだから別の人間 だよ、とするところに非常なミスがあるんだぜ。結局、出世や成功をし、あるいは非常な健康になり幸運に生きてる人は、その心の内容がきわめて積極的ですよ。

「大いなる我が命の力 その6」

抜粋:要約
人間塾  玉田 光久

活きる(平成28年7月) 
− 『 成功の実現 』 −


  それから、「美」というものは「調和」のことであると同時に、「善」とは「愛情」 のことなんだ。ところが、あなた方も愛情 はあるんだけれども、あなた方の愛情は偏頗な愛情だもの。自分の気にいったものだ けかわいがって、気にいらないものはかわいがらない。そういうのはほんとうの愛情 じゃないんだぜ。太陽の光線のごとくあれ これと選ばないで、普遍的な気持ちで愛さ なければだめなんだよ。太陽の光線は、美 人の顔も照らせば、犬の糞も照らしているぜ。俺は犬の糞はいやだから、美人の顔だけ照らす、とはいわないもの。ところが、 あなた方は、これがかわいいからかわいがるんだ、これは憎いから憎む。だいいち憎むという気持ちは悪魔の気持ちだもの。自分がもしも人に憎まれたらどんな気持ちになるか考えてごらんよ。人にあなた方は憎まれるのが好きか、愛されるのが好きか。 村八分にされるのが好きな奴はいないだろう。消極的な心になると、造物主のだいじな誠と愛と調和の気持ちから離れちまうんだ。自分は離れようと思わなくても。つまり、結び目をほぐしちまうことになるんだから。ところが、ひとたび自分の心を明る く、朗らかに、生き生きとし、勇ましく、 どんな場合があろうとも心の輝きを曇らせ ずに生きようとすると、造物主の心と同様 の気持ちになる準備をしたことになる。つまり、結び目を堅固に保つ用意をしたことになる。その用意が完全になればなるほど、 造物主の無限の力が自己の生命のなかで無条件に自然と同化力を増大してくるんだよ。 そうした気持ちが要するに推進力になるんだ。心の持ち方を積極的にしたということが、引っぱる力に押す力が加わるのと同じことになるんだ。

「大いなる我が命の力 その5」

抜粋:要約
人間塾  玉田 光久

活きる(平成28年6月) 
− 『 成功の実現 』 −


  さ、そこで考えなければならないことがある。人間として考えなければならないいちばん必要なことは、どんな場合があろうとも、この造物主と自分の生命との結び目を 堅固に確保することなんだ。この結び目を 堅固に保たないと、病がでたり、不運がきたりするんだぜ。多くの人は病になったり、 あるいは不運になると、自分には何にも責任がない、その責任は他にあるように言っているだろ。たとえば、風邪ひとつひいても、「どうして風邪ひいたんだい?」とい うと、「そんなこと知ってるかい。けさ起 きたら気持ちが悪かったんだ」運が悪くな ると、私は一生懸命まじめにやってるんだけれども、相手が不渡りをおこしたんだ」自分に何の責任もないように思ってるけど、とんでもないことだ。蒔いた種のとおりに花は咲 くんだもの。 むろん、知らずにやったことであろうけれども、自分の心のもち方が消極的なために、この結び目を思わずゆるめちゃったからだよ。 消極的な心になると、自分じゃそうしたつも りはなくても、造物主の心と自分の心が離れ ばなれになっちまうんだよ。造物主の心というのは消極的な弱いものはひとつもない んだ。造物主の心のなかは「真・善・美」といってるとおりで「真・善・美」というものは、もっとわかりやすく言えば「真」とは 「誠」。「誠」というのはねえ、筋道のたたないことを「誠」というんじゃないんだぜ。あなた方のように、柄のないとこに柄をつけて心配したり、泣いたり、怒ったりするのは「誠」じゃないぜ。一点のうそ偽 りのないことが「誠」なんだ。 筋道のちっとも乱れていないのが「誠」。
— つづく —

「大いなる我が命の力 その4」

抜粋:要約
人間塾  玉田 光久

活きる(平成28年5月) 
− 『 成功の実現 』 −


  よく考えなさいよ。自分を貧弱な哀れなものと考えているぐらい、およそ値打がないどころじゃない、意味のない人生はないぜ。どんな人間の生命のなかにも造物主の無限の属性が与えられてあるんだよ。今まで気がつかなかったかい?自分の自我のなかに果たして造物主の無限の属性が宿っているか宿っていないかは、すぐ簡単なことでわかるじゃないか。いつも私は言ってるんだよ、あの運河の水で考えてみろと。運河を運河だけ考えると極めてわずかな水量しかない ようだけれども、あれは大海とつながって 存在している、ねえ。現在の状態を考えてみると運河は見た目には小さくても、無限 の水量とつながってるという点から考えてみると、運河の水も大海の水も同じ本質なんだから。それと同じ意味で人間を考えてみろ。人間をただそれだけの存在で考えればきわめて小さい、時には哀れな貧弱なものに感じられるかもしれないけれどもだ、 その心を通じてつねに自分の生命と造物主 とが結びついている点を巧みに善用することができるという事実を考えたときに、どんな思慮の浅い人でも、ああ、そうだ、自我のなかに造物主の無限の属性が存在している、ということが悟れよう。それでもな おかつ悟れない人間だったら、これは形だ けが人間で、心は犬、猫にも劣った人間だ ぜ。今も言ったとおり、運河の水も大海の水も同じだろう。そうしたら、人間 の生命のなかに存在する不思議な力、ギリシャ語でいうと(Vril)ブリル、英語でもそういいますが、そのブリルというものは造物主のもっている力と同じ力じゃないか。

— つづく —

「大いなる我が命の力 その3」

抜粋:要約
人間塾  玉田 光久

活きる(平成28年4月) 
− 『 成功の実現 』 −


  心は広大無辺だと思われる大宇宙よりも大 きいじゃないか。思いを深くして考えてご らん。この幽幼微妙な神秘の数多い世界の なかでだ、人間の心だけにこうした尊い偉 大な働きが与えられてあるのはなぜかとい うことを。外観上では人間よりもはるかに 大きいと思われる太陽にも月にも星にも、 こうした働きはないぜ。だのに、人の心に はこうした不思議な働きが与えられている のは、そもそもどういうわけだろう。その 点を断固として悟らなければいけないんだ よ。よく聞きなさいよ。人間にこうした偉 大な心を与えてくだされているのは、造物 主の無限の力を正しく自覚して、同時にそ の無限の力を心の働きと力で命のなかえ受 け入れて、万物の霊長たる資格を完全に発 揮するとともに、造物主のお心持ちである ところの進化向上に順応して、人という人 の間をつねに睦まじくつくり上げていこう がためなんだ。ところがだ、人間どもの多 くはこの思召しを逆にいって、心の偉大な ことなんか忘れちゃっている。そのうえに 人間同士の間柄を睦まじくやっていこうな んて心はありゃしない。厳かに考えなさい よ。あなた方の自我のなかには造物主の無 限の属性が宿ってるんだ。自分および人の 世のためにその尊いものを善用して、この 世に生まれた人間たちの幸福を増進し、そ して、この生きがいを意義づけるために、 こうした尊いものが与えられている。それ も、頂戴したいと注文していただいたんじ ゃない。生まれてみたら人間であって、そ の生命に、造物主から与えられてあるお恵 みを知らずに生きちまったら何と罰当たり だがな。

— つづく —

「大いなる我が命の力 その2」

抜粋:要約
人間塾  玉田 光久

活きる(平成28年3月) 
− 『 成功の実現 』 −


  きょうは、人の心というものは、およそ何物にも比ぶべくものもない偉大なものであると同時に、こういう偉大なものを造物主が人間にのみ与えたのはどういうわけかということを悟ることにしよう。 それがほんとうに悟れると、なるほど、心のもち方を、どんな場合があっても消極的 にしちゃいけないんだってことも自然に悟 れると思う。それじゃあ、心はどれだけほんとうに大きなものだろうか。 この広大無辺といわれる大宇宙。およそ大宇宙というものは、この世の中でいちばん大きなものだとだれでも考えている。とに かく、果てしのわからない大きなものなん だからね。しかし、その果てしのわからない大宇宙よりも、人間の心の方が大きいんだぜ。簡単なことで考えればいいじゃな か。あなた方が晴れた夜、星のきらめく空を見ただけでも、見上げている空は大きいものの、見てる方の心はそれよりも大きいじゃないか。わからないかい。月を見てたたずめば、心は見つめられてる月よりもさらに大きいことを考えられやしないか。星を見てたたずんでいるときに、その星を見て考えてる心のなかは、ねぇ、その大きな ものを相手に考えられるんですから、それ以上大きなものじゃないか。という簡単なことを考えただけでも、いかに人の心が一 切を凌いで広大無辺であるかということがわかってくる。もう何千年も前に、仏教では心の大きいことを有名な「正法眠蔵」というお経の本に書いてある。私はこのお経で悟れたんだがね、そのお経に書いてあることをちょっと読んでみよう。  

大いなる哉 心や 天の高きや
極むべからず 而も心は 天の上に出づ


— つづく —

「大いなる我が命の力 その1」

抜粋:要約
人間塾  玉田 光久

活きる(平成28年2月) 
− 『 成功の実現 』 −


  「憂き事のなおこの上に積もれかし。限り ある身の力ためさん」と言った熊沢蕃山翁 だって、憂き事が憂き事として受け取りた くないからこの歌ができてるんだ。要する に、苦しみを楽しみにふりかえようとする気持ちがこの歌になってることを考えてごらん。一度生まれて一度死んじまうと、二度生まれてこない人生なんだから、ねえ。
たった今から心だけは晴れ晴れとした、光かがやくものにして人生に生きる準備をしなさいよ。「天風さん、あんたはそうやって気楽にそんなこと言ってるかもしれないけどよ、何しろこの年が越せるか越せない かわからないような、もう四苦八苦だよ。 おまけにうちには病人がいるし、心を晴れ晴れともてったって、そら無理だよ」って言ってるところに無理があるんだぜ。どんなに苦しい立場にいる人でも、夜寝たときには何にも知らないはずだが、どうだい?ふだん起きてるときは物覚えが悪いけども、 よく寝ちまうとよく覚えてるという奴があったら、そいつはどうかしてるぜ。
ねえ、皆 さん、大かたわで生まれたんじゃないんだ もの。みんな人間だもん。万物の霊長たる人間としてのりっぱな資格がこれでつくれるんですから。私でさえ、こんな不精も が。だから、あなた方ならきっとできるよ。 私はただ自分の心をもとの半分でもいいか ら、強さをもたせたいと思うだけの気持ちで、一生懸命研究して、こんなになっちゃったんだもの。
シェイクスピアが「ベニスの商人」に書いた一節。 ・慈悲は強いられるべきものではない ・恵みの雨のごとく、天よりこの下界に降りそそぐものこれは、有名な世界名言集のなかにもあるだろう。

— つづく —

「幸福の醍醐味 その13」

抜粋:要約
人間塾  玉田 光久

活きる(平成28年1月) 
− 『 成功の実現 』 −


   古来、俗に言う覚者とか哲人とかいうよう な者は、みんなこの霊性心意識のでた人のことを言うんだよ。だから、今も言ったとおり、極端な精神的低能児でないかぎりはでるようにできているんだ。さあ、そういうことがわかったら、きょうわからせられたやさしい理解、わかりきった事柄をきょ う以後真剣に実行して、よい習慣を自分の心につける。これは努力をしなければだめだぜ。
そうして、随時随所にパッと有意注意力が、同じ粘り強さで注がれるような人間になってごらんよ。ただ、くれぐれも誤解しちゃいけないことは、有意注意と執着をごちゃまぜにしちゃだめよ。軽率に考えると、ちょいと似てるから。有意注意力というのは、心のすべてが心の前にあらわれた事柄や問題に、その力に強し弱しの区別なく同じ強さで、ちょうどサーチライトが 暗やみのなかのものを照らすときに、こっちだけ強く、こっちだけ弱くというのでは なく同一の光度で照らし出すのと同じ状態なんだ。
執着というのは、心の前に生ずることや物に心がとらわれちゃって、その心を他の方面に円滑にふり向けることができない。たとえば、病をもっていると病にばっかり首っ引き、借金のある奴は借金にばかり首っ 引き。欲のあるやつは欲を何とかして果たすことに首っ引き、というふうにぜんぜん違ってるでしょう。自分が嫌な運命のなかに生きてる場合でも、注意がもっと良い運命の方にふり向けられていれば、たとえどんな運命のなかにいたってそれを気にしなくなる。幸福をほんとうに味わおうと思う秘訣はここにあることを考えなければだめだぜ。ほんとうの幸福が味わいたいんだろ。

— つづく —

「第十章 成功の実現」

抜粋:要約
人間塾  玉田 光久

 

 
 

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