今月のメッセージ

      
 
 

活きる(平成23年12月) 
− 『 病気の治り方 』 −


知人の医師が語る。
病状の程度も年令や性別さえも類似の入院患者が居る。
当方としては治療、看護面など全く同じように関わっているのだが、Aさんは回復が早くさっさと退院。
片やBさんはなかなか快方の兆しが見られない。
いったいこの違いは何か?

多くの患者と接するうちにあることに気付いた。
それは患者の一人ひとりが持つ習慣や性格の違いだった。
別の言い方をすると陽気か陰気かのタイプであったり、会話の中に「ありがとう」の多い人、つまり心の明るさが深く影響していると。

さて、こちらもかなり以前のこと。
「おまはん、車の運転しとったらこの話し理解できるな。病気の治り難い人はな、自動車に例えたら力いっぱいサイドブレーキを引いといて、アクセルペダルを踏み込んでいるようなもんやな。車は必ず前進するように設計してあんのや。ブレーキさえ放したら、あとは楽に進むのにな。病人も必ず良うなるようになってんのやで。さて、ほんなら人間で言うたらサイドブレーキとは?いったい何に当るんやろな」?

声のトーンはいつも低め、一気に話しかけることはなく、自分の話しが相手に伝わったか否かを確認するかのように、少し話しては間を取りながらの口調であった。

今は亡き恩師と呼べる相手との、こんな場面を懐かしく思う。
  

人間塾  玉田 光久


活きる(平成23年11月) 
− 『 お金さえあれば 』 −


大病を患い長期入院中のA氏、若い頃はお金お金と昼夜を問わず我武者羅に働らき、金さえあれ何事も適えられると信じて来たが、いま保険の効かぬ病いの為、月々の支払いは高額であり「こんな情けないことはない」…と。
日頃は元気で地声の大きなA氏からは、笑顔も精気もすっかり消え失せて、同じ一人の人間がこんなに変わるものかと驚きを感じた。

就活が話題のこの時機、求人誌は到るところで目に写る。
それなのに就職が決まらぬ?
汚い仕事だから、勤務時間が長い!休日が少ない、通勤に不便、給与面が不満、…「どんな仕事でも働く場があれば」!と戦中戦後を生き抜いて来たA氏、「贅沢言ってんじゃない」!!きっと大声で叫びたいだろうに。

そんなA氏の話を聴きながら、私は気付かされました。

―人間って自分の力だけで生きているのではない
生かされていることを―

人間塾  原田 連平


活きる(平成23年10月) 
− 『 活きる 』 −


「苦労は買ってでもしろ」と言う格言がありますが、若い頃は「そんなの買いたくないし、したくない。」と思っていました。
でも、その意味がようやくわかるようになってきました。
あっ、今も買いたいとまでは思いませんが(笑)

苦しい出来事が起こった時、トラブルが起こった時、 沈んだり、逃げたりすることは簡単です。

又、いつまでも「可愛想な自分…」と引きずることもあります。

でも、そんな時、次の瞬間には顔を上げ「次のチャンスがきているってことなんだ」と「そういうメッセージなんだ」と思うように、心掛けるようになりました。

怒られたり「どうして?なんで?」と理不尽に思うようなことでも、そのひとつひとつが大切な学びで、そういう経験があるからこそ同じ失敗を繰り返さないようにしたり、洞察力を身に付けることが出来るようになるんだと思います。

いろんな経験こそが成長させられ、夢や希望をもつことが生きる原動力だと思います。

そう考えると、いろんな経験をさせてくれたあの時「嫌いな人…」と思った人さえも、今となってはとてもありがたい人になりますね。

生まれてから今まで縁あって出会わせていただいた全ての人に感謝です。

ありがとうございます。

人間塾  古林 仁美


活きる(平成23年9月) 
− 『 生かされて 生きる 』 −


先の東日本大震災では未曾有こんなことばや文字がしばしば登場した。
迫り来る津波におびえながら強く抱き合っていたであろう母と子を引き裂き、その遺体さえも行方知れずに、つい先ほどまでの状況が一変、家屋も家族もバラバラとなり多くの人のいのちが失われたことは悪夢などではない。
まさに現実の姿である。

こどもの頃、私と母は広島の近くに住んでいた。
軍人だった父とはいっしょに暮した記憶が薄い。
サイレンの合図に防空壕への避難は再々のことであり、食糧不足にいつも空腹でお互いに貧しい生活ではあったが、必死で生きよう!としていたことは確かであった。

やがて広島・長崎に原爆が投下され、数え切れぬ人々のいのちが一瞬にして消えた。

未曾有の大震災か、原爆による大量殺人かの違いこそあれ、自分の意志とは無関係に「生きたくても生きられなかった」多くの人々が居た。

さて、報道によると我が国は13年連続して、自殺者が三万人を超えていると。
〜自らの命を絶つことがどれ程苦しいことか!他人のあんたに解ってたまるか!!
と言われるかも?
では、自分の命だ、どのように生きようと、どんな風に死のうと全く自由なのであろうか?

自殺を選んだ人達も、本当は「生きたくても生きられなかった人」なのかも知れない。

「自分のいのち」として与えられ、あらゆる関わりの中で生かされて生きている存在だと思えてならない。

人間塾  玉田 光久


活きる(平成23年8月) 
− 『 生きる 』 −


みなさんは人生の決め事(日々生活していくうえでの色々な判断)についてどういったことが影響していると思われますか
過去の経験でしょうか?
それとも家族や友人の助言でしょうか?

私はこう思うのです。
多くの人や事柄に出会うこと、そして色々なことに気づきそれからの人生に影響を及ぼす、それが人生の決め事に影響しているのではないかと。
過去の経験であっても、その時の出会いがあればこそ形成されていくものだと思います。

では、これからの人生でどのような出会いを求めていくべきなのでしょうか。
難しくはないと思います。
日々の生活での事柄や家族友人との会話から出会いは訪れると思います。
もちろん新しい人々との出会いも訪れるでしょう。

実はこの文章を書いている今日は★七夕★です。
一年に一度ですが出会いを大切にする日にこのテーマを選んだのも偶然ではなく必然の「出会い」だと感じています。
「生きる」ことはこの「出会い」の繰り返しだと思っています。

人間塾  川崎 太郎


活きる(平成23年7月) 
− 『 生きる 』 −


先づ自分の存在がどのような環境に生かされているかによって違うと思います。

生き方を考えていちいち生活をしている訳ではなくても持って生まれた性格、思想、出生等が大きく道が分かれるのではと思います。

性格は多分親、兄弟先祖等のDNAもつながっています。

思想は教育で受けた影響や社会環境の推移、歴史等を知る事により考え方も定まってくるように思います。

出生も生きる上で大変重要だと思います。
両親や血縁を知って生かされてきた過程を知る事で郷土を想い 縁故を大切に思う気持。
然し一人一人の価値観が違い 全く他人と話、理論が同じという事もありません。
違っていていいと思います。
自分の考え方、生き方が絶対とはいえないし、人生は想定外が多くあるものです。
「坂村真民」さんのことばのように「生きることとは人間の美しさを失わぬことだ」につきると思います。

人間塾  洪水 京子


活きる(平成23年6月) 
− 『 生きざまのヘソ 』 −


活きると書き、イキルと、読まされると、何かしらん、不思議な雰囲気が、漂います。
生きるとの違いに、その人間が、主体的にかかわられたかどうかと言うことを、問題にする観点が、あるように思います。

若いころの私なら、大上段にかまえ、「そりゃこの2つの言い方には大きなちがいがありますヨ」と言ったでしょうが、今の私なら、私にとっては2者に違いはあっても同じことで、もっと大切なことが他にあると言いたいのです。

「活きる」も「生きる」も、もっと深いところで、同じであって、生き様に「ヘソ」があるかどうかと言うことを重要なポイントだとしたいのです。

何故、ヘソがないとダメなのか、物事には、ヘソがあり、そのヘソは全てのことに、通じています。
それは今日今からおこること全てにおいて、検証していけますから、私と言う人間と会えた今から、検証可能なんです。


自分の生き様にヘソを持つことは、自分の言葉で言えなかったら、人真似からのスタートでも、構いません。
自分の生き様のヘソを、同じようにそこにおいていろいろな体験を検証していくと、共通して納得出来ることを積み上げていけるからです。

顧客とともに自己実現を目指す生き方の中には、久遠の真理があります。

人間塾 中農誠剛


活きる(平成23年5月) 
− 『 心停止体験記A 』 −


いよいよその日がやって来た。
手術台の上で…1…2…3、そのあと直ぐに意識を失くした。
〜遠い記憶の中で誰かが呼んでいるようだが、意識朦朧だ。

「手術は無事に終りましたよ」!医師の大きな声にフト我に還った。
朝から夕方迄の時間をどんなに長く感じたであろう。
重苦しい空気の中で大手術の無事成功を只管祈ったであろう家族等に゛ありがとう″…心の底から叫んでいるのだが全く声にならない。
だが自分自身の中に「あぁ〜生きている」!!と命を実感した。
絶対安静、要注意の時期を過ぎたある日のこと、「きょうは気分が良さそうですね」耳ざわりの良い声と笑顔の主治医には大きな安らぎを感じる。
「心臓が止まってしまうとどうなります」?「昼も夜も、年中無休、働らき通しの心臓と言う名のポンプ、ドッキンドッキンと、その回数は一日どれくらいでしょうか」?
二つの問いに(え〜と、平常時は1分間に60〜70…×60…×)計算に戸惑っていると「1日10万回ですよ」!と。
考えてもみなかった10万回に驚きと納得であった。
やがて無事退院となり外来での診療となったが、「どうしてこんなに早く・・・」?と私の快気ぶりを不思議そうに尋ねると主治医に、私は心臓を代弁して次のように応えた。
「夜、寝る前に必ずーきょうも一日ありがとう!私は休ませてもらうけど君は止まらないで…頼むよ。朝になると おはよう!ゆっくり眠らせてもらったよ、ありがとう!きょうも一日どうかよろしく頼むよ!〜と。毎日朝に夜にと礼を言って、俺の働きを評価、存在感を認めてくれるからさ!嬉しくなってこっちも元気が出るんだ。 さあきょうも頑張るぞ!!こんな風に言うんですよ」と。
                                                       (おわり)
コムサロン21 副理事長
人間塾担当
玉田 光久


活きる(平成23年4月) 
− 『 心停止体験記@ 』 −


ある日のこと、突然救急車の世話になった私は、ICU(集中治療室)のベッドで絶体安静の身となった。
酸素マスクを付けてもらって居るのだが、息が出来ない。
虫のいきとはこんな状態を言うのだろうか。
せめて最期にひとことなりと…だがそれも適わず、遠くなる意識の中で死の近づきを覚悟していた。

どれくらいの時を経たのか?
朝の出勤時にも似て、ピッピッと大勢が改札を通過、皆んなの向かうその先には色鮮やかな花が咲き乱れ、湖面に浮ぶのはホテルだろうか?豪華な建物である。
そんな群衆に紛れて私も改札を通過しようとすると×、もう一度と再度試みたがダメである。
近寄って来た係員が言った。「証明するカードをお持ちですか」?
お持ちで無い方はこちらへどうぞと案内されるままに、エレベーターに乗った。
音もなく動き始めたエレベーターは下に向かっているではないか、ヤバイ!!ここは水上である。
止まれ!止まれ!!だが降下の速度は増すばかりだ。
息苦しいー 助けてー ワァー ウー 苦しいー ハッ!!意識が戻った。
全身がじっとりと汗ばんでいた。

私が不可解な夢から醒めたのは午前3時であった。
やがて主治医からの説明によると、病状はかなり重症で今も危険な状態であること。
緊急入院以来、両肺に溜まっている水がなかなか抜けない。
したがって何時心不全が起るか、不安定であり、さらに心臓を取り巻く太い血管(冠動脈)3本が総て壊死、新らしくバイパス手術の必要がある。
人工の血管を使用するか、貴男自身の両脚と両腕から取り出すか、いずれにせよ開胸しなければならないこと、四時間程は心臓を停止させねばならぬこと、手術に要する時間やスタッフの人数等、説明を聴きながら早くも心臓が止まりそうであった。
―つづく―


コムサロン21 副理事長
人間塾担当
玉田 光久


活きる(平成23年3月) 
− 『 食は人なり 』 −


人間は、すべて口から食べたもので、構成されている。
脳も目も口も心臓も、五臓六腑すべてそうなのだ。
偏った食べ物しかたべない人は、その食べ物で「自分」という人が構成されてゆく。

自然の食物を大切にする人は、自然のままに育つ。
旨ければいい。原材料や添加物を気にしない人は、その物質にて「自分」が構成されてゆく。

食べ物の好き嫌いの多い人は、人の好き嫌いも多いものだ。
あらゆる食物は、「人に良い物」なのだ。人に食べられるために生まれてきた物を、人は、嫌いだからといって、いとも簡単に破棄してしまう。

「美味しく食べる」のは、食べ物ではなく、食べる人そのものに要因がある。
大切な食べ物を、感謝を込めて「いただきます」と言える人。
大切な食べ物を、感謝を込めて食べるために、作法を大切にする人。
大切な食べ物を、感謝を込めて料理してくれた人に、有難うと言える人。

「食」は、その「人」を表(あらわ)します。
食べ方により、その人の性格がわかります。家庭がわかります。 その人の歴史がわかるのです。

「食」を大切にする町は、人が元気です。街が元気です。
全国のご当地グルメブームは、元気な人と街から誕生しています。
たかが「おでん」、されど「おでん」。
姫路も、食で元気な街に変わりつつあります。

「食」は、「人」なり。
今、一度、自分の「食べ物」、そして、「自分自身」を考えてみませんか?

人間塾生 前川裕司


活きる(平成23年2月) 
− 『 おかげさまで20周年! 』 −


NPO法人としてのコムサロンが誕生したのは平成3年。
「この子だれの子」の見出しで、会員ニュースに掲載されたのは1995年3月号であった。(以下再掲)

「阪神大震災に教わること」
温かいものは温かいうちに、冷たい方がおいしいものは冷やして、日々三度の食事に事欠くこともなく、夜は風呂上がりに、冷えたビールに喉を潤し、のびのびと布団やベッドに横たわり、ボタンを押すとテレビが映る。仕事の疲れから開放されて、グッスリと眠りに付く。
朝、水道の蛇口からは水も湯も出る。車も電車もちゃんと動いていて、これらの 世話になって出勤、一日が始まる。
ごく何気ない平凡な日常生活だ。
文明の豊かさに慣れきった人間にとって、この度の阪神大震災は、何気ないことがどれほどの意義をもっているかを改めて問いただしているようである。
生命には欠かせぬ水、その水を得るためにまず給水車の前に、食料品ひとつを買うにも店頭でまち、生きるための基本条件の大小便さえも仮設トイレの前で、公衆電話も、入浴も長い列での順番と、待つことを余儀なくされた。
震災の恐ろしさもさることながら、太陽の恵みや地球の営み。
水をはじめ多くの生きものたちの「いのち」を糧に「生かされて生きている」ことのすばらしさ、ありがたさこそ、こどもたちに教え、伝えねばならない。
金さえあれば欲しいものはいつでも、そんなことが身についた人間にとって、そこには金があっても直ぐに得られないことを教わった。貴重な体験である。

コムサロン21も20になったこの機にテーマを「活きる」と改め、人間塾に集う会員が、企業経営者としての視点で、一家庭にあって女性としての感性から、或いは一人の人間の立場から、いのち、生きる、そして活きるを問う場になればと考えます。人間塾の上に尚一層のご支援をお願い申し上げ年頭のご挨拶に代えさせて頂きます。

コムサロン21 副理事長
人間塾担当
玉田 光久


 

活きる(平成23年1月) 
− 『 新年の挨拶 』 −


人生において、何が一番大切なのか?豊かな人生とはいったいどのような人生なのか?
そんな課題の答えを絶えず問いかけながら、活動しています。
今年は、コムサロン21活動は、発足以来、20年を迎えます。そして今までの活動を通じて、その答えの一つに、「いい人とのネットワーク」そのものにあると痛感しています。
いい人と出会いに感動し、人と人とがつながって、さまざまな課題を解決してゆく・・・
「生きがい」も、おそらく自分自身のネットワークの中から見出すことができるのではないだろうか?
また、現在、「夢多き真面目な新卒者がなかなか就職できない。」といった厳しい社会を私たちは作ってしまっている。
そんな社会の課題を解決し、生きがいのある豊かな社会づくりのための「新しい公共」としてのNPO活動に、これからも取り組んいきたいと思っています。
今年もよろしくお願い申し上げます。

特定非営利活動法人 コムサロン21 理事長 前川裕司
平成23年元旦             


平成22年1月〜12月 この子誰の子


平成21年1月〜12月 この子誰の子


平成20年1月〜12月 この子誰の子

平成19年1月〜12月 この子誰の子

平成18年1月〜12月 この子誰の子

平成17年1月〜12月 この子誰の子

平成16年1月〜12月 この子誰の子
平成15年1月〜12月 この子誰の子
平成14年1月〜12月 この子誰の子
平成13年1月〜12月 この子誰の子
平成12年2月〜12月 この子誰の子
 
 

Copuright2000 ComSaloon21. All Right Reserved.