今月のメッセージ

      
 
 

この子だれの子(平成21年12月) 
− 『 あたりまえの反対は 』  −

  

新型インフルエンザの疑いにより小・中学校以外にも、幼稚園から高校にも学級や
学年の閉鎖。さらに学校全体が一週間の休校措置を余儀なくされるなど、そのこと
によって学校として予定されていた公演会や授業参観、或いは生徒たちもクラスご
とに練習を重ねて来た合唱コン クールも、ひとまず延期としたが結果は中止を決定。
学校からは関係先や保護者宛に状況報告や決定事項をその都度配布するなど、
学校長をはじめ担任や養護教諭らの苦悩と、その対応にかなりの時間と労力を費
やしたであろうことも充分に理解出来る。
そんなある朝のこと、小学生の男児とその母親に出会った。「学級閉鎖とかで子ど
もが毎日家に居るやんか!もううんざりや!早よ学校へ行って欲しいわ!」
その話しの語気と声のトーンからして、その困り具合が並でないことは想像出来
た。「じゃあ〜これから子どもが元気で学校へ行ってくれたら、うしろ姿を見送
って、ありがとうと言わなきゃあ〜ね」「そして学校が終わって元気で帰ってく
れたら、今日も一日ありがとうございますと学校へ向かってお礼を言うようにし
たいね」と。母親である彼女とは旧知の仲でもあり、こんな皮肉めいた対応とな
ったのだが、間髪を容れず「そんなこと子どもの前で言わんとって」!!と切り返
すのだった。
こどもは元気で毎日学校へ通ってくれる、そんなごく当たりまえのことが、イ
ンフルエンザの蔓延によってあたりまえでは無くなったようだ。
昼と夜、強弱、寒暖、高低、・・・反対の意味を持つ字句の組み合わせは数多く
見られるが、さて「当たりまえ」の反対にはどんな言葉が適当だろうか?健康な
ときには何も感じなかったが、手術や入院を体験して初めて健康のありがたさを
知ったとは、よくある話しである。

  

この子だれの子(平成21年11月) 
− 『A君とKさんとお祭りと』  −

  町内の自治会長を務めているKさんは親しい友人の一人である。いつもは70
才を超えたお互いの健康に関する話題が酒の肴になるのだが、今夜は全く違って
いた。近づく秋まつりを目前に、台風18号の進路やインフルエンザによる子
どもたちへの影響など、ニュースや天気予報が心配であった。
  幸いにも好天に恵まれ、怪我や事故に会うことなく“祭り”が無事に終わったこと
に安堵したと、その胸の内を一気に語った。
やがて盃を重ねるうちにKさんのどうでも聴いて欲しい真意が見えて来た。
  今春、公立中学校を卒業したA君だが、在学中は担任をはじめ複数の教師を悩ま
せているらしいと蔭ながら耳にはしていたが、保護者から何ら相談も無い中を、
他人の家へ無造作に・・・と、同じ町内の住人であるAさん宅のことで、自治会長
として苦しい思いを抱いていたと語るのだった。
  卒業以来約半年、そのA君がいま目の前に居る。屋台の舁き棒を食い込むよう
に荷なっている。回りの人々ともすっかり馴染んでいるようだ。
  Kさんは休憩中も、その後もそれとなく視点をA君に合わせていたと言う。祭
りの行事が終わった頃にはすでに薄暗くなっていた。バンザイ三唱で解散のあと、
KさんはA君のところへ駆け寄り「よくやってくれた」と肩を抱いて、ありがと
うを繰り返し「これからも頼りにしてるから頼むぞ」と。A君も笑顔で応えてく
れたが、そのことが何よりも嬉しかったと身ぶり手ぶりで熱く語るのだった。
  苦しみや悲しみを誰かに話すことによって癒やされるとも言うが、嬉しさや楽
しさも人に伝えると「倍増」するようだ。
「祭りで一番感動をもらったのは俺だなぁ〜、自治会長の役がそうさせてくれた
んだなぁ〜」
  こんなKさんの嬉しさと感動が波動となって私にも伝わって来た。播磨の地、
10月はお祭りシーズンである。

この子だれの子(平成21年10月) 
− 『役割に生きる』  −

  からだの中を絶えず駆けめぐっている血液、その役割は@物質の運搬、Aからだの調節、
Bからだの防御の3つに分かれる。肺からとり入れた酸素をからだのすみずみの細胞
まで運ぶ係は赤血球で、その数は1立方ミ リメートル当り400万〜500万個。白血球
はからだの防衛隊として、ケガをして細菌が侵入するとその部分へ集まって細菌を食
べてしまう。患部から出るウミは白血球が異物を食べたあとの死がいだ。血小板は血
管を修復する係として傷ついた部分に凝集し出血を止める。興味深いことにこの3つ
の血球(細胞)は、それぞれに形も違い働きも全く違うのに、同じ細胞から生まれた兄
弟であり、母親は骨髄の中の幹細胞。なぜ一つの細胞から別々のはたらきをする細胞
が生まれるのかは、よくわかっていない。ともあれ血液中の小さな生命が、人間とい
う大きな生命を生かしている。このほか血液は腸から吸収した栄養分やホルモンを全
身に送ったり、細胞で出来た二酸化炭素や老廃物を運び出したり、からだの水分・塩分
の調整、体温の調整など、実に多岐にわたる活動を行ない、絶えず一定の方向に流れ
て、からだが常に安定した状態を保つために、その役割を果たしている。また赤血球
は分離しない細胞で、役割を終えるとその寿命は約120日。毎秒約300万個が死に、
一方骨髄では新たにその数だけの赤血球がつくられている。「人体を生かすために自
らを省みず黙々と努め切る姿。これを人間の行いに当てはめれば誠≠ニでも言える
かも知れないですね」。「時代がどんなに変化しようとも、いかに医学が進歩しよう
とも、人間は誰しも必ず死ぬ。という不変の真理は厳然としてありますね。だからこ
そ一回限りの人生をどう生きるかがテーマでしょうね」「病床にあっても私たちに対
する弟さんの笑顔と、ありがとうありがとうは病棟内でも評判ですよ」とは主治医の
弁。毎年9月13日は19才で逝った実弟の祥月命日である。急性白血病で入院中、お
世話になった血液内科の主治医との出会いと、今は亡き弟との関わりをとおして、真
に救われたのは実に私自身である。




この子だれの子
(平成21年9月) 
− 『子育て三代』  −

   そのむかし飼っていた猫が子を産んだ。
 小さくて手のひらに乗る程の大きさでまだ目も見えないようだ。人間のように助産婦
が立ち会うこともなく、産湯や産着の準備も必要としない。親猫が自分の舌で舐めて
舐めて産んだ後の処置をしていた。子どもたちは重なり合ったり転んだり、相手を押
し退けるようにしながら親の乳首をまさぐる姿は可憐さそのものだ。子猫のことが気
掛りで覗きに行くと「寄るな」!「触るな」! とばかり親猫は背を立て、はっきりと怒りの
態度を示した。可愛いこどもたちをさらわれるとでも感じるのだろうか。ある日のこと首
筋をくわえて子猫を別の場所へ移している場面に出会ったものだ。母親としての本能とで
も云うのか驚きと感服である。
  ところで猫の出産に関し興味深い実験結果を耳にしたことがある。母猫が子を産む
とすぐさま隔離して人間の手で処置を済ませ、乳も与えて飼育する。その子猫たちも
やがて成長して、いつしか交尾期を迎え次の子を産むと同時に母子を引き離して、人
工的に飼育する。
  その子猫が成長、次の子を産むと自分の生んだ子を舐めようとはしないばかりか、
親としての自覚らしきものが全く感じられないと言う。自らが親からしてもらった記
憶の無さの証しであろう。
  さて、衆議院選挙戦の真っ直中のいま、経済、雇用、医療、年金・・・・・・と、その中
に働く若い母親の為にと「子育て支援」のあれこれ、保育園を増やし待機児童を解消
する、長時間保育や子ども手当てによる出生率の向上と、どれもこれも耳ざわりの良
い話しに違いは無いが、母親と離して育てた子猫のことが想い出される。
  子どもから孫へ、そして次の子へ何世代をも視野に入れた親自身の生き方が問われる。
  被災地への援助、予期せぬ出来ごとに対して、一時的な支援は当然のことだが、
○○の無料化、長期に及ぶ支援はそのことによって責任感が薄くなったり、甘えの構
造が芽生えるのも過去の例が示している。
「うちの子がこんな子に育ったのも支援が無くなったからよ」!!こんな母子にだけはな
ってはならぬ。



この子だれの子
(平成21年8月) 
− 『二人の子どもの将来は?』  −

  @若い女性に手を引かれた女児が、泣きながら訪れたのは地域のコンビニ。
「あの〜」・・・何かに脅えるように話すのは女児の母親だと言う。
「それ!どうしたの」?買い与えた覚えのない物を持っていることを問い正
すと、このお店で・・・「お金を払わないで持って帰るのはドロボーよ」!!
家でも厳しく叱ったがお詫びに伺いました。申しわけございませんと声を詰
まらせ涙を溜めて頭を下げた母親の姿に、女児もワァ〜と声を上げてゴメン
なさい、ゴメンなさい・・・お母ちゃん!!と母親に抱きついた。
「いやぁ〜あんな母子の姿に出会ったのは初めてですよ。あの子は二度と同じこ
とはしないですね」。対応した店長の確信に満ちた熱っぽい語りに、居合わせた
我々も大いに癒されたのであった。

Aお客様とは言い難い我々の訪問は、正直なところ迷惑であろうことは承知
の上で、こちらの主旨にも賛同と協力をお願いにと、折々に出入りするうち
にお互い馴染みとなったレンタルビデオ店でのこと、高校生による万引きが
発覚、本人もそれを認めたので一応保護者へ連絡となった。
「このことを学校へ告げるのか?そのことで息子が退学にでもなったら、こ
の子の人生どないなんの?この子がダメになったらどないしてくれんの」!!
「あんた、ほんまに母親か!!先のこと心配するには及ばんわ!あんたの考え
方がすでに息子ダメにしとんがな!!ええかげんにしたらんかい!!こっちも頭
に来たんできっちり言うてしもたんですわ」と店長が怒った。
青少年の善導と、非行防止活動として、グループでの夜間パトロールからのリポ
ート2件である。

この子だれの子(平成21年7月) 
− 『育みたい、自尊感情』  −

 偶然に出会った少年二人は、開口一番「どうせわいらはあかんのや」!!とうそぶ
くのだった。平日の昼間オヤ?こんな時間に・・・「どうかしたのか」?と声を掛け
たことが切っ掛けとなった。「断わっとくが君らに説教するつもりは無い。その
辺の普通のおっちゃんやもんな」。「実は君らに教えて欲しいことがあって・・・ホ
ラ、あそこの店で茶せえへんか」?怪訝な表情ではあったが二人の動物的なセン
サーが私を受け入れてくれたようだ。高校へ行くつもりはない。せんこうに
も嫌われとるし、親にも愛想尽かされとるわ!どないでもええんや!!と顔を見会わ
す二人の仲は「俺たちダメ人間」という共通点を確かめあっているようだ。見知
らぬ相手の誘いに乗ったとは言え、半信半疑が当然であろう。二人の目は斜めに
構えていた。「ところでさ、さっきからの話しだとわいらあかんあかんばっかり
やな〜まるで癌の末期患者でもあるまいし、それとも・・・ひょっとして男の一番大
事な処が××××へんのか?それやったらほんまにあかんぞ」!!「ワァ〜おっちゃ
んごっついこと言うわ」!!このひとことに彼等との距離が一気に狭まった。
  今になっていきなりダメとしか思えない人間に育ったとは思えぬ。幼児期から
の育ちはどうであったのか。さらにこんにちまで、存在そのものを認められ、評
価されてありがとうの中で大切にされた経験の積み重ねこそが必要である。彼等
のみに自尊感情が低いと済ましてはならない。「ええ体格してるじゃないか、健
康が一番の財産だ。生き抜いて行く中で社会のことやものごとに対して、批判す
る力も欠かせない。二人ともええ面構えしてるぞ。若さ!それ丈でもすごい特権
や。自分で自分をダメと決め込んだら、ほんまにダメになるよ。これからは君ら
二人でお互いのええとこ探ししようや」街かどでのひとこまだが、あれから・・・何
年・・・もう一度出会って見たい二人である。



この子だれの子
(平成21年6月) 
− 『 叱かる、叱かられる』  −

  若草の萌え立つ5月初め、尊敬するお一人であった婦人の通夜式に参列した。
「子どもや孫、曾孫に囲まれ自宅でのくらし、95才の最期は実に安らかに
・・・・」と。孫に当たる喪主の挨拶を聞きながら、故人とのありし日のこ
とどもが蘇って来た。
  血縁関係でもなく、特に親しいと言える間柄ではなかったが、印象に強い
のは折にふれて「叱かられた」ことであろう。それは悪戯や律を犯かしたと
言った類いではない。
  数多くの知己がいらっしゃる中にあって、顔が会うと必ず声を掛けて下さ
ったこと。何気無い会話の中からさえも、こちらの心の動きを的確に読み取
って厳しい注告であったり、ある事象についての視点や受け止め方のアドバ
イスや示唆を頂戴したこと等々。
  よくよく叱かって頂いたが、その一方でいま叱かっている相手の将来に期
待を込め信頼を託す。つまり叱かると褒めるが表裏一体であったと思える。
何としても育てたい、どうでもこうでも育って欲しい、そんな熱い思いと願
いが利害や立場の壁を超えての言動であったと、感じとれるようになるまで
は、口うるさいおばさん、怖い人を経て、かなり後のことであった。
  会場の大ホールに溢れた参列者、白い菊の花に囲まれたお元気な頃の写真
に向き会うと「これ!!あんたもええ歳になったんやで、若い者をしっかり
叱かっときや!私の頼みやで〜」とその語尾がなんとも優しく感じたのは、
女史との長いご縁の中で今夜が初めてであった。ご自分に厳しく凛と生きて
こられたからこそ人を叱かれるのであろう。私などまだまだ人を叱かれる分
際ではないが、叱かって下さったお方との「出会いの縁」にこそ改めて感謝・
感激である



この子だれの子
(平成21年5月) 
− 『 17歳のメッセージ 』  −

(姫路の高校生1,508人に聞きました)より抜粋。


姉何かの機会にと気に掛る部分をマーキングした内容は直近の資料ではない。
新鮮味には欠けるが食料品で言うなら賞味期限内かと、敢えて取り上げた。
[家庭]心の居場所になっているか?とのQでは「落ち着かない人」が約2割いま
す。或いは悪いことをしても「叱られない人」が約3割います。
  この辺りではさほどの驚きも感じなかったが、社会的規範意識のQに、グラフ
の突出している項目の上位 @染髪、ピアスは本人の自由 A好きな人との
性的関係は不思議ではない B深夜徘徊など大したことでない・・・援助交際な
ど本人の自由・・・。こうなると、ちょっと待て!!しからば自由とは?とこっちが訊き
たくなる。
[学校・地域]に関する項目や[心のうち]でのQ、悩みや心配ごとで相談しやすい
のは誰ですか?家族の中では半数以上が母親と、家族以外では90%が友だちで
ある。「父親・先生」の存在感が薄い!?

さて高校生の「ホンネ」その内の一部を紹介しよう。
○大学で勉強したいことが何なのか、わ からない。将来自分が何をしているのか
とても不安。
○なぜ学校は面倒くさい校則が多いの。別に化粧したって髪染めたっていいのでは。
誰に迷惑をかけているわけでもないし。
○自分がマナーを守らないのに、子どもの文句を言う大人にはなりたくない。
○フリーターにはなりたくないが、自由に生きたい。・・・等々

Q進路や大人像、就職や職業についてたずねます。
「しばらくはフリーターでいたい」男女併せた全体で86.6%と自由記述が示し
ている。高校生を持つ親の感想を聞いてみた〜い!




この子だれの子
(平成21年4月) 
− 『 お母ちゃんの仕込み 』  −


姉妹4人が誘い合わせ、お彼岸の墓参にと訪ねて来た。
市内に在住の娘も叔母様たちが揃ってのお出ましとあって、
嫁ぎ先から駆けつけてくれた。
  50代後半〜70代のそれぞれに孫が居て、姉妹全員がおばあちゃんでもある。
駅前のデパートで求めて来たと言う品々が、ところ狭しと卓を飾った。
明治生まれの母が末っ子を産んだのは40才を超えてのこと、その都度産婆さんが
自転車でやって来たことなども話題になった。
  姦、かしましいと読むらしいが、4人の姉妹に妻と娘が加わったのだから数式
で表すと(姦×2)こんな具合になるのかも知れない。
  少し耳の遠くなった妻の甲高い声と、沸き出す爆笑のリズムにさして広くもな
い我が家の空気が一変した。学校へ持って行く教科書代を、母からの頼みで
「今日も忘れて来た」と、そんな言い訳を3日くらい続けたと言うA子、私のランド
セル、ボール紙で造ってあったわ、雨に濡れた後でわかったんやとB子。
それでもあんたら二人は高校へ行かせてもろた やん、私なんか「女は笑顔が一番や、
どんなとこへ嫁に行くやらわからんで。行った先の姑さんに何か言われたら、どん
なことでも“ハイ”と言うんやで!!素直が相手に好かれる基や。
お兄ちゃんは跡取りや、あんたらは高校へ行かんでもどないもあらへん」!!まるで怒る
ように言われたもんや・・・と姉に当たる二人が切って返した。集まった4人の内3人はそ
れぞれに夫の両親と同居ぐらしであったが既に二親を見送った者と、今も90代
の姑との生活の中で「こどもの頃にお母ちゃんから叱られたことが役に立ってい
る」とも話すのだった。私もありし日の母とのやりとりを想い出し、妙に泣けた。
悲しみからではない、むしろ両親へのありがとうが溢れてのことである。
「よう参ってくれたな〜、そうかそうか親の気持ちちょっとでも解かってくれた
か・・・嬉しいで〜おおきにやで〜」石碑に耳を近づけるとこんな母の声が聞こえ
るかも知れない。



こころの風
(平成21年3月) 
− 『 新しい経済社会の到来 』  −


リストラ・派遣切り・団塊世代の定年退職・・・今までの経済成長社会が、
嘘のような事態に陥っている。 優良企業として評価されてきた会社が、
ほんの少しの期間で、赤字転落に。社長交代。
人は財産、人材こそ社運といってきた会社も、人員カットに・・・
何のためか・・・「会社を維持するため」 という大義名分。
本当にそれでいいのだろうか?
今こそ、会社の真の姿が見える時である。
今でも、業績を維持し、安定している会社もたくさんある。
それは、普段から、本当に社員を大切に、会 社の目的を大切に、
目先の利益だけを追求することなく活動してきたからであろう。
社会的就労弱者や社会貢献を継続してきた企業や、本当の意味での消費者を大切
にしてきた企業は、市民はほおってはおかない。
リストラなど一方的な人員削減をして会社がよくなっても、社会がリストラされ
た人が増えて不安になれば、本当にその会社は繁栄できるのか?
何が一番大切なのか?それが、はっきりとしてきた社会になってきている。
今は、新しい時代に転換するための生みの苦しさの期間といえるのかもしれない。
従来の収益至上主義企業の価値観は、株主優先。
新しい価値観の企業は、社員の生きがい優先。
社員に生きがいがあれば、どんな苦境も全員一丸となって乗り越えることができ
るだろう。
なぜなら、それは、自分のためだから。
これからは、新しい価値観を持つ会社が、地域貢献型企業として、市民に支援され
繁栄してゆくと思っている。
          人間塾生 前川裕司

こころの風(平成21年2月) 
− 『 心の実現力 』  −


「ひとりでは何もできないが、ひとりから始めないと何もできない。」
石川洋氏の言葉である。
私がこの言葉に出会ったのは、15年以上も前のことであった。
どんな素晴らしいアイデアも、言うだけでは実現しない。
自分の脳裏に素晴らしいアイデアが生まれたとしても、人にそのまま100%
伝えることは、難しい。というよりは、本当は不可能かもしれない。
そうすると、自分の描いたイメージは、本当は自分しか完成の姿は見えないの
である。そうすると、その人が率先して行動しないと、そのイメージを実現
することができないことになる。
また、自分の力というものは、本当に些細なものである。アイデアを実現す
るための、企画・準備や活動実施、呼びかけ、その他さまざまな処理をしな
ければ、物事は為し得ないけれど、それを一人だけで出来る人は、ほとんど
いないだろうし、仲間や支援者・受益者も考えると、一人では本当に何もで
きないのだ。
自分が思いついたすばらしいことを実現するために、自ら先頭に立って活動
しながら、賛同者を呼びかけ、可能な限り共有し、共に歩みながら、実現し
てゆく。そんな生き方、行動する力が求められている。
         人間塾生 前川裕司

 


こころの風
(平成21年1月) 
− 『 一年の計 』 「家庭づくり」 男・女・親の役割  −


人は、家族のため、また、財産づくりや名誉名声のため、もちろん生きがいづくりの
ためにも活動しています。しかし、「家庭づくり」のためという人はあまりいません。
では「家庭づくり」とは、どんな考え方なのか?
家庭は男と女で構成されています。そして、何事にも男女平等と言われます。
  もちろん人間として、平等は大切なことですが、忘れてはならないことが一つあ
ります。それは、天から与えられた宿命とでもいうべき男女の機能にあります。
  雄として立派な種を蒔き、雌がそれを懐し育むことは、地上の生物として生まれ
てきたときに備わった機能であり生命作用です。男は男としての役割、女は女とし
ての役割を忘れず、 その役目を豊かに果たせることが、本当の「生きる」平等では
ないかと思います。
そして更に大切なことが、お互いの立場を理解し、尊敬し、助け合って暮らしてゆく
ことなのです。   そういった考え方と、また、家庭づくりおいて、親がこどもに伝える
べきものは、お金や土地、 名誉名声ではなく、敬愛の心、決断力、行動力、忍耐
力、感謝心といった、豊かに生きるための 「自立」の心ではないかと思います。
そして、自分の行動を手本として、あるべき親の姿をこどもに伝える事なのです。
そういった生き方の場としての「家庭づくり」こそ、今の社会を不惑で心豊かに生き
る方法ではないでしょうか?
      人間塾生 前川 裕司

 


平成20年1月〜12月 この子誰の子


平成19年1月〜12月 この子誰の子

平成18年1月〜12月 この子誰の子

平成17年1月〜12月 この子誰の子

平成16年1月〜12月 この子誰の子
平成15年1月〜12月 この子誰の子
平成14年1月〜12月 この子誰の子
平成13年1月〜12月 この子誰の子
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